2013年01月10日
上城集落 沖永良部島
【上城】(かみしろ) 〔世帯〕64〔人口〕165
島の方言で東をアガリ、西をイ、南をヘー、北をニシと
いうが、ニシミは北を見張る位置といわれ、上城・下城
新城の3集落を総称してニシミ(西目)といわれている。
農業の盛んな集落で東は和泊町及び上平川と接し、西は
下城、北は新城と接している。
中世琉球王、北山王と西目の祝女の姪との間に生まれた
二男松千代が島主・世之主として統治していた時代、
配下の四天王のひとり西目国内平三が西目である。
世之主死後、島は四天王の争いが起こる。後蘭孫八との
戦いは有名である。西目国内平三は大男で大きい石を
持ち上げて一気に城を築き、屋者マサバルとの戦いに望む
面白い話もある。
えらぶの中世の歴史をもつ西目。江戸時代は喜美留間切に
入り、安政時代はは西方、明治20年知名方に入る。
上城小学校は古い歴史を持ち、明治27年上城尋常小学校
となり、現在に至っている。
えらぶで博士号を初期に取ったいわれている沖野守起氏
(鹿児島病院経営)、中国の「鄧小平」来日時新日鉄視察の
案内者が二世の鼎哲弘氏、また川畑先民氏は5歳から
三味線を習い、多くの人々を感動させている名人である。
知名町政50周年記念イベントでTBS「ニュース23」で
キャスター・筑紫哲也、沖縄の知名定男氏と島唄トークを
なさっている。
沖州会コラムより
Posted by ウミガメ44 at 11:31│Comments(0)
│おきのえらぶじま
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